リンカーンの国から

 

(38)ラシーン (ウイスコンシン)

 

 

Text Box:  イリノイ州との州境近くにラシーンの町がある。人口8万人、ミシガン湖に面したきれいな町である。湖水の色は、イリノイはシカゴで見る色とはまったく違っていた。まるで、赤道近くの南国の海で見るような色である。空と接する水平線は濃い群青色に、それから少し緑がかった色に変わって、じょじょに明るさを増し、やがて透明な蒼い色に。。こんな見事な青のグラデーションは、イリノイのミシガン湖では見られない。グラデーションに安らぎを感じて、来てよかった、と思った。心をなぐさめてくれる優しさを、この湖水の色に見たのはメアリ・リンカーンも同じでText Box:  はなかったろうか。

湖水を臨む小道にマーカーが立っている。夫を暗殺されたメアリは、1867年の夏、よくこの地を散歩したとか。時には14歳だった三男のタッドといっしょだった。ラシーンには、英国国教会の中学校やラシーンカレッジがあった。メアリは一人でタッドの学校を探していたと言われている。息子たちは、夫を暗殺したジョン・ウィルク・ブースと共謀したジョン・シュラットの裁判の証言者としてワシントンに呼ばれていた。

 

町の中心地の近く、湖に面して、ゲートウエイ技術大学がある。その前庭がイーストパークになっていて、そこにメアリと夫リンカーンの像がある。世界で唯一の、二人いText Box:  っしょの像である。二人の後ろには美しい湖水が光っている。

悪妻と評判が高かったメアリと、帰宅恐怖症候群に陥って、仕事に打ち込んたかのようなリンカーンが並んでいるのは、どこかほほえましい。

 

Text Box:  この石像を作るのを思いついたのは、ラシーンのパイオニア家族の1人だったレナ・ローズウェルである。リンカーンの勉強をして、メアリさんが夫を大統領にするのにおおいに貢献したと考え、メアリを称えたいと思って、自分が死んだときに像建設のために2万ドルを残したのだった。仕事を任されたシカゴの有名な建築家、フレデリック・ハイバードは、リンカーンが大統領に選ばれる前の、まだまだリンカーンの顔に暗いしわが刻まれることなく、メアリが精神の異常をきたす前の"幸せ"だった時代の二人を形にしようとした。メアリは7フィートの高さに立ち、その横にリンカーンが座っている。二人の顔に表情はなく、メアリの左手がリンカーンの右手に置かれているのが新鮮である。上から下へと置かれた手は、なにやら「私があなたを支えますからね。心配しないでね。私に任せてちょうだい」とでもいわんばかりの女の気持ちを表現しているようにも思える。そういえば、これまで見た本の中で、二人いっしょの写真なんて見たことないなあ。ましてや二人がこれみよがしに手を重ねているなんて。。

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Text Box:  猿谷要は「アメリカを揺り動かしたレディたち」(NTT出版)の中で、次のように書いている。「この夫婦がいろいろな点で対照的だったことは間違いない。性格の上だけではなく、二人が並んでみると、あまりにも背の高さが違うのにたいていの人はびっくりした。リンカンは歴代大統領のなかで最も高く、6フィート4インチ、メアリは5フィート3インチしかなかった。」(85ページ) これまで二人いっしょの写真がなかったのは、「あまりにも背の高さが違う」せいで、同じ構図の中におさまりきれなかったからだろうか。(私には経験がある。高校で、校外学習から帰ってきたときに、写真係の男子生徒に言われたのである。お前1人背が高いから、他の人といっしょに写真がとれなかった、お前の写真は一枚もないよ、と。数人で写真をとるとはそういうことなんだ、と思った記憶がある) それとも不仲説が強すぎたせいか。。。

 

リンカーンとメアリの家庭生活がどんなものだったかについては学者に任せるとして、私が心から納得した二人の様子を表現した文章を読んだことがある。イリノイの州都、スプリングフィールドにある博物館の展示の中である。リンカーンがフォード劇場で暗殺されたとき、確かに二人は仲むつまじく座っていた。メアリの手はリンカーンの腕にまかれていたという。その時、メアリがリンカーンに聞いたという、「ねえ、こうやって私たち二人が仲良くしているのを見たら、人は何と言うかしらね。」 リンカーン答えて曰く、「別に何とも思わないだろう。」 これが二人の最後の会話になったという。

結婚生活23年弱、銀婚式には間に合わなかった夫婦の会話は、時と場所を超えて納得である。(笑)